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いざ行かん、未踏の山へ!
月別アーカイブ  [ 2009年12月 ] 

金剛山にまつわるエトセトラ(1) 

10年ひと昔と言われるが、生活居住区、つまり下界では、
ひと昔前やふた昔前と今とでは、ぜんぜん様相が一変してしまっている。
お店はできては消え、またできてと。中でも住宅だけは所狭しと増え続けているように思う。
昔の話をするときは「ここに僕が子供の頃に○○があって・・」となる。
ところが金剛山の事となると、今も昔もさほど大きくは変わってないように思う。
そんな金剛山は、さまざまな人々にさまざまな人生のエピソードを作ってきたようです。

こんな新聞記事がありました。

【談話室】テーマ投稿「あの時の味」 忘れられない母の唯一の味
2007/10/14 産経新聞 大阪朝刊 9ページより引用

 ■無職 中村淳子 78
 私は、母が高齢になってからの子だったので、物心がついたころには、
一家の台所は兄嫁が仕切っていた。
だから母の手作り料理の味は記憶にない。唯一覚えているのは、おにぎりの味だ。
 私が通っていた女学校では年1回、大阪府南部の金剛山で登山を行っていた。
全校生徒が最寄り駅から、頂上を目指す。それほど高い山ではないが、
けわしい坂の連続で、先生たちに励まされながら、歩き続けた。
 初めて参加したときのことだった。頂上に着いた後、少し休んで昼食の時間になった。
弁当はおにぎりと決められていた。
 眼下の雲を見下ろしながら、ほおばったおにぎりのおいしかったこと。
今でも忘れられない。帰宅後、おにぎりのことを母に話すと
「疲れているやろ、と思うたから、いつもより余計に塩をきかせたのや」と答えが返ってきた。
 そのときは「なあんだ」と思ったが、翌年に母が亡くなり、そのおにぎりが、
唯一の母の手作りの味となってしまった。あのときの味は今もまねすることができない。
(大阪市阿倍野区)

※昔は電車の駅から登山口まではバスもまだ無く、歩いて行ってたようです。
 今でも南海「千代田駅」界隈から金剛山まで歩いて来て、
 登って帰られるという、そんな方もいらっしゃると聞きました。

金剛山山頂の気温

山頂10分毎の静止画

(画像クリックで拡大可)


金剛山の一日

山頂30分毎の静止画

 
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プロフィール
こんちくわ。
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ほぼ毎週金剛山を中心に
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自転車→オフロードバイク→
大型バイク→登山へと変化。
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